おめめどう®の「えらぶメモ」

 暮らしの中で「えらぶ(選択する)」ことは TEACCH の研修講義(なお、5日間研修のプログラムでは、必ず自閉症のお子さんも参加し、研修を受ける人間は実践してみます)の中でも必ず言われていました。そしてたいていは「おやつの時間」のプログラムになっていました。すると「TEACCH を学んだ」という方が学校に戻ると、やはり「おやつの時間」にしか選択活動を入れない傾向が見られました。本当は「なるほど選択って大事だ、いろいろなところで取り入れていかなければ」とならないといけないものだと思うのですが。私は仲間たちと「なぜだろう?」と話し合い、アメリカではひとつひとつ自分で選択していくのが当たり前であって、それほど言挙げするほどのものじゃないと思われ、強調しないのではないか、と推測したりしていました。
 なので、強調しないまま日本人に伝えると、日本の文化では(特に学校生活では、さらに特別支援学校では)選択はもともと重要視されていなかったので、形だけ、「おやつの時間だけ」の選択になってしまったのではないか。
 しかし、私は日本の TEACCH 研究会のニュースレターでこんなエピソードを読みました。TEACCH部のどこかの主催で、みんなで余暇活動としてホテルに泊まりに行った時、火災警報が鳴った。しかしおひとりの自閉スペクトラム症の方はそのままホテルから動こうとしない。そこで支援者が「あなたはあの公園のベンチか、あそこの大きな木の下か、どちらかに行ける。どちらに行く?」と言うと「木の下に行く」と言ってそちらに向かわれたと。
 なるほど、そんなに緊急の場合でも選んでもらうのだな、とびっくりしたものです。
 意思表出と言いますが、表出するための意思決定、それはいろいろな選択の結果出てくるものです。

1997年に出版された『応用行動分析学入門』の第1章総説の中で望月昭先生は

「要求言語行動に文字通り対応しようとするなら(本当に教えようとするなら)、周囲の人間は、本人が選択(要求)できる、現実の者や事(強化刺激)を用意しなければならないのである。
 このように、表現モードを本人の選択を中心に選んだり、あるいは要求言語行動の指導の場面で典型的に示されるように、そのコミニュケーションの本来の機能を満たそうとすれば、指導者は単に障害児者本人とだけ向き合って指導をしているだけではすまない。必要な環境設定を自らが行ったり、あるいは生活環境の変更について、本人に代わって(あるいは本人と共に)要求する必要が出てくる。そして、そうした操作を前提とした場合には、この指導の場でのコミニュケーションの内容も、変化していく必要がある。」

と書かれています。この当時、望月先生は非常に重度な方の多い愛知コロニーで、利用者の方に選択活動をして頂くという実践をしておられました。

 もともと、日本の、特に学校文化の中では決められた課題を決められた物を使って、最初に決められた流れで授業を受ける、ということがほとんどで、特に「意思がはっきりしない」と思われていた知的障害(自閉スペクトラム症含む)の方には、選択する機会がほとんどありませんでした。
 また、これはご家庭でも、良かれと思って「こっちにしとき」と周囲が決めてしまうことが多かったのではないかと思います。
 これらのことが続くと意思表出の必要性が無くなるし、意思表出のスキルも上がらないままになってしまいます。そして拒否したい時は、スキルも無いので、暴れるなど不適切な手段をとるしかなくなってしまう・・・
 そうならないためにも、「選択活動」はとても大切になります。


 選択活動は二択から

 例えば「牛乳」と「麦茶」があるなら。どちらを飲むかを選んでもらいます。眼の前に出してあげれば、喉がかわいていればどちらかを選んでくれるのじゃないでしょうか。ご家庭であれば、お子さんが何を飲みたがっているかよくわかっておられるでしょうから。

 しばらくしても手が出ないお子さんの場合は、目の前に出した後少し待って、片方を前に出し片方を後ろに引き、というのを10秒くらいずつ交互にやってみるのもいいかもしれません。
 この時、お子さんが麦茶を選んだら、牛乳はあなたが飲んでしまってください。特にお菓子(チョコとアメなど)でやる時は「どっちも」にならないようにできます。自分が選んだものは食べたり飲んだりでき、選ばなかった方はあきらめなければならない、これが選択活動の大事な点です。

 また、お子さんが、いつもは麦茶を飲むのに、牛乳を手に取った。親御さんは「おかしいな?牛乳は嫌いなはずなのに」と思い「あんた牛乳は嫌いやろ。麦茶飲み」と牛乳を飲ませなかったら、本人の選択という行動の責任を取らせてあげられないわけです。じゃああなたが選んだのだから、と牛乳を渡したところ、1口飲んで、やっぱりまずそうで残した。その時に「そやから麦茶選んだらええのに」と叱る必要もないし、飲むものがなくて可哀想だからとすぐに麦茶を渡す必要も無いわけです。自分が選んだ責任を自分がとって「残す」をしたのですから。何なら流しまで行って流して、コップを洗って洗いかごに伏せて入れる、までしてくれれば完璧ですね。(脱水症状になりそうな時期なら、少し時間を置いてから再度選ばせてあげてくださいね)

山形おめめどうサークルさんの使用例

 山形おめめどうサークルさん(Twitter @ygtomeme, インスタ ygt_omeme )は、おめめどう®の「えらぶメモ」のいろいろな使用例をアップして下さってます。

 具体物のお菓子の二択ですから、上に書いたように両手で持ってもいいようなものですが、今後、「えらぶメモ」に慣れるためにも、字で質問が書けるという意味でも、いいです。お子さんにはエコラリアがあり、音声で質問すると選択肢の最後しか聞き取れていなかったり、返答もエコラリア(自分が欲しいかどうかでなく)になったりしていたそうです。
 なお、選択肢の部分は点線で4つに区切られていますが、二択の場合は真ん中に線を引いてあげればわかりやすいですね。使い方は自由です。

 シンボルをシールにして、字も加えています。
 想像するに、学校への行きしぶりもあったのかな?
 最近よく自閉スペクトラム症や発達障害の人のために良いのでは、と言われている「元気休み(特に不調は無いけれど、休みたいから休む)」や「年休(自治体によっては推奨しているところもある)」みたいに使っておられるのかもしれません。

 どこで買い物をするか、これは四択で尋ねておられます。こういうふうにお店のロゴを使うのもいいですね。最近はネットでいくらでも持って来れますし。
 なお、一番右の選択肢のところに「その他」というのがあるけれど、この時はそこを消して選んでもらっています。場合によっては「その他」も使うといいですね。

音声と違う回答をする場合

 これはスケジュールのページでご紹介した「スケジュールや視覚支援を始めて」の方が、中1の4月、始めて4か月ほどの時にあるイベントに行った時のもの。屋台が出ていたので音声で「何、食べる?」と尋ねると「食べへん(食べない)」と音声で答えたそうです。しかし試しに、と思って「えらぶメモ」で尋ねたところ、ポテトに◯をつけたそう。買ってあげると、おいしそうに食べたとのことでした。

 音声言語でのやりとりと、書いてのやりとりだと真逆のことを答え、どうやら書いてのやりとりのほうが本心らしい(別の選択肢の行動をすると不穏になるのでわかる)ということは、自閉スペクトラム症の方とおつきあいしていて良くあります。

良かれと思って決めつけないこと

 運動会や音楽会のシーズンには、日本中の自閉スペクトラム症の小学生から多くの悲鳴が聞こえてくるようです。
 練習の時、先生方はその時間のチャイムが鳴った時が終わり、と考えておられると思いますが、お子さんはひとととおり終わったら、終わりと考えることが多いです。終わりが本人としてはわからないつらさ。しかし学校では頑張ってしまい、放課後デイサービスや、帰宅後に不穏になる子がたくさんいます。

 学校では頑張って問題なく過ごしているように見えるので、放デイやご家庭での対応がまずいのじゃないか、と誤解されかねません。
 勘のいい先生だと、「ちょっとしんどそうやな」と感づかれるかもしれません。しかしだからと言って「しんどいの?じゃあもう終わって休んでいいよ」と言ってあげてしまうと、本人の自己決定にはならず、指示で動くだけの話になってしまいます。ひょっとしたら、本人はもう少し頑張りたいと思っているかもしれない・・・
 そういう時は休むのか続けるのか、書いて、描いて尋ねてあげてほしいと思います。
 なお、ある不登校気味のお子さん、私がお子さんの学校での支援会議でこの件をお願いすると、ちゃんと尋ねてくださり、そのお子さんの場合は「休む」を選んでいましたが、おかげ様で登校できることが増えました。(登校すりゃいい、ってもんでは無いですけれども)

その他」の選択肢を伝える

 絵カードや写真カード、またおめめどうのメモで書いたり、描いたりしたとしても、ご本人が用意した選択肢以外を示したい場合があります。

 私の体験。「伝える(おはなしメモ®など)」でご紹介した C 君。親御さんから「ここに行こうよ」を伝えるために、スーパーやショッピングモールの写真があれば嬉しい、というご要望がありました。当時はデジカメもカラープリンタも普及率は低く、私が一緒にご家庭行きつけの所を廻り、写真を撮り、単語カードに貼り付けて親御さん用と C 君用の2枚ずつお渡ししました。
 最初は親御さんが提示して誘っていましたが、ある日スクールバスから降りてきた C 君が自らカードを示してくれました。親御さんは「初めてうちの子がしゃべった!(と言っても黙って提示してくれただけですが)」と喜んでくださいました。そんなことが続いていたある日、C 君はカードを裏返して真っ白な方を見せました。「カードの束の中に無い、別の場所だな」と気づいた親御さんはいくつかの場所を思い浮かべ、あそこかな、と思える所に行ったそうです。
 これは行った場所が合っていたのかどうかはわからないわけですが、「その他だよ」と教えてくれ、それに応えようされたわけです。


 これは前日、おめめどうの「巻物カレンダー®」を見ながら
「あー明日も学校か…休もうかな」
と呟いていたお子さんが、当日の朝、起きてきて
「やすむー!」
と言ったのだけど、時によっては遅刻しても行くことがあるので、「えらぶメモ(そのたバージョン)®」を使って親御さんが確認したもの。
すると「そのた」のところに、自分で「やすむ」と書かれたもの。
 なお、お子さんは字を書くのは苦手だけれど、「やすむ」だけはスラスラ書けるようになったそうです。

 「その他」が使えるようになると、ぐっと世界が広がりますね。


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周囲との関わり方に苦労することの多い発達障害の子どもたち。特別とも見られがちな性向や行動も「なないろ」の個性ととらえ、そんな個性を持った子供たちの成長をどうサポートしていくか、一線で奮闘中のママさんドクターがアドバイスします。「自閉スペクトラム症」「ADHD(注意欠如・多動症)」といった障害に見られる独特な行動の理由を説明しながら、子どもの魅力の活かせるような関わり方や生活に役立つ工夫を、年代別また学校や家庭でのシーン別に伝えます。安心感につながる「見通しを立てること」に役立つスケジュール・カレンダーなど「視覚支援」グッズの作り方もイラスト解説します。著者の小児科医・新美妙美さんは、精神科医・本田秀夫教授の「信州大学医学部子どものこころの発達医学教室」で特任助教を務めています。